人生観を考える 自分を見つける旅スペシャル
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本日のハテナ:自分を見つける旅とは?
徒歩で日本縦断 自炊と野宿の恋人同士
児玉ふみあきさん(44歳)近藤あゆみさん(39歳)
ベビーカーに積んでいるもの
テント・寝袋・着替え・エアーベッド・椅子・鍋・コップ・調味料
水・野菜・蚊取り線香・サンダル・民族楽器(ディジュリドゥ)・デジカメ・パソコン
2人は寒い冬の間、アルバイトをしながらお金を貯め春から秋にかけ日本縦断の
歩く旅の生活を続けている。
始めは、ふみあきさん一人の旅だったが4年前あゆみさんは札幌でOLとして働いていた
20歳で就職し15年間毎日同じ仕事を繰り返し家と会社を往復する日々。
そんな時、ふみあきさんに出会う。
ふみあきさんは、一度は就職するも旅への思いが捨てきれず退社。
約4年に渡り世界中を1人で歩いて旅をした。
2005年8月歩く日本縦断の一人旅を北海道から始めていた。
単調な生活を繰り返すあゆみさんは正反対なふみあきさんの生き方に心を惹きつけられた
17年間勤めた会社を辞め、ふみあきさんと共に日本縦断の旅へ出る。
楽しい旅の3つの秘訣
@「予定を立てない」
A「観光地に近寄らない」
B「旅先の好意は遠慮せずに受ける」・・旅で偶然であった親切な人に泊めてもらう事も
珍しくはない。
ふみあきさんと旅に出たあゆみさんはこう言います。
持ち物も前はたくさんの物に囲まれているのが幸せだったけれども
今はカートの荷物だけで、しかもこんなに充実した生活を送っているのが不思議。
こんな風にずっと生きていきたい。
いつかは行きたい一生に一度だけの旅best 500コンパクト版
・新潟県柏崎市
北海道宗谷岬を出発し1350qを車椅子で進んできた。
大蔵 拓也くん(26歳)
毎回都合のつく友人がサポート、旅の道具を積んだ大蔵君の車をサポートする友人達が運転。
2006年に宗谷岬から出発し沖縄を目指して南下、何年かかっても日本を縦断すると決めている
車椅子の旅には多くの障害がある。
歩道の幅が狭くなる橋は、すぐ横を通過する車に注意を払い
穴があるところはバッグなどを利用して通る。
旅の楽しみ方
@とにかく積極的に人に話しかける
A地元の人しか通らない裏道を進む
B地元の食材を自分で調理して安く食べる
なぜ旅に出たのだろう?
拓也くんは、小さい頃からスポーツ万能だった走り幅跳びで全国大会に出場
しかし小学校卒業を間近に控えたある日突然の病に襲われる
腰に激痛が走り病院に行くと診断結果は、骨肉腫。
中学校から高校にかけて長い闘病生活の末手術、一生車椅子の生活になった。
長い闘病生活で縛られ、自分もどこかに行きたいという願望がだんだん大きくなっていった。
母は反対するも父は「お前がやりたいならやってみろ」と日本縦断の旅のスタート地点
宗谷岬に2人で下見に訪れた。その2ヵ月後父が死去。
父の死去2週間後に旅がスタート。
首には父の遺骨を下げて、旅のゴール沖縄の波照間島の海に撒く予定。
行かずに死ねるか!―世界9万5000km自転車ひとり旅 (幻冬舎文庫)
・北海道稚内市
勝見 雅さん(41歳)
妻と子供を伴い休日を利用しマラソンで2600km 日本縦断。
妻はドライバーを勤め約10km先の休憩ポイントまで先回りしナビゲート
なぜ旅に出たのだろう?
山形県で酪農関係の営業職だった勝見さん
体調が悪く病院を受診すると「睾丸ガン」と判明。
生き抜くために抗がん剤治療を行うも副作用で脱毛や吐き気
幻覚に悩まされる日々。
ある想いを抱く「家族のために自分に何が出来るのか?」
そんな中1冊の本に出会うツール・ド・フランスで7連覇した
ランス・アームスオロングの自伝。
ただマイヨ・ジョーヌのためでなく (講談社文庫)
生存率20%というガンを克服しチャンピオンになった伝説のヒーロー。
彼の自伝を読んで、生きた証を子ども達に残してみたかった。
エチカの鏡のタイトルにふさわしい自分を見つける旅スペシャルでした。
非常に、自分の生き方を考えさせられました。
本当に大変だと思いますが、素敵な旅と、人でしたね。